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2012年 1月 17日 (火)

2012/01/17  阪神淡路大震災から17年・・・

by ポンコツおじサム

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阪神淡路大震災は都市部を襲った直下型の大地震でした。
もう17年経つのですね。
1995年1月17日に都市部を襲った直下型の大地震。

思えば、
当時私は、NTT静岡に勤務し「無線系」を主業務としていたので、地震発災後すぐに第一陣が緊急無線用車両に3人乗りで出発!
その後を追ってすぐに、長期滞在体制で私たちが3人体制が翌日出発しました。
(3人一緒に行った、出雲さんや奥山さんはどうしてるかなぁ・・・)
現地の特別避難所に無料の仮設公衆電話(ISDN通信を基とした可搬型衛星通信機器)を設置する初動の緊急的通信確保が目的でした。
特別ヘリで自衛隊の仮説基地のヘリポートに降り立ち、
現地での洗礼に最初にくらったのが、「震度5」の余震だったと記憶します。
大破した六甲駅の近くに無線機器を積載した四駆アルミパネルトラックを駐車し、
荷台の通路で寝袋にくるまって非常食で10日間、無線による緊急通信確保に奔走しました。
当時は、携帯電話もMBSエントランスケーブルが全滅し使えない状況で、
周りは一般の家屋がほぼ倒壊&焼失してしまっている様はすさまじいものでした。
亡くなった方もまだ多数そのまま眠っている地区でした。
あの地震復旧支援業務の現地体験で、まだ38歳だった私の人生観は大きく変わりました。

「生きる大切さ」と
「生かしてもらっている者の責任とありがたさ」

この時も、あれだけの大被害にもかかわらず大パニックは起こらず、
若い方々が日本中からボランティに集まった姿に感動したものです。

昨年、3/11発生した「東北地方太平洋沖地震」にも同じ思いがあります。
日本人の強さは、こんな時に顕著に現れますね。
1/17に際し、自分自身に色々なことを強く問いかけた一日でした。

C O M M E N T
お疲れ様でした。

涙が出ちゃうのでこれ以上書きません。
さとうとしお    [2012/1/18(水) 19:46]       
>さとうとしおさま
災害は人の絆を強くします。
この体験は本当にいろんなことを考えさせられました。
ポンコツおじサム    [2012/1/18(水) 21:44]       

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